ビキニ水爆実験被災から60年

第60回原水爆禁止四国大会、2日目。私は、「被爆者と心をつないで」の分科会に参加しました。分科会では、愛媛原爆被害者の会、松浦氏からレジメを使った詳しい説明があり、それに対する質疑、討論がされました。
私の父は、18歳の頃、原爆投下後9日目に焼け野原の広島に入りました。法的には、「入市被爆者」ということになるようですが、60歳で白血病で亡くなりました。生きていれば、87歳。孫やひ孫の成長を共に喜べたのにと思うと残念です。被爆者の高齢化が進む中、DVDなどで、被爆者の証言を残していただくよう提案させていただきました。
今回の大会には、徳島県から28名が参加しました。来年は愛媛県で開催されます。

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