【元日本フライ級王者内藤大助選手の逸話より】

元フライ級チャンピオンの内藤大助さんが、小さい頃イジメられたことがあるというのは知っていて、私自身とも共通点が多く親近感を持っていました。

彼との共通点の一つに、「良い」教師に恵まれたことがあります。小学校6年生のある昼休み、担任の教師がやってきて「フイルムが1枚余っているので写真を撮って上げる」と言って、1人教室に居た私を撮り、その写真をくれました。ただそれだけのことなのですが、教師を含め人間不信に陥っていた私は、教師が「普通」の対応をしてくれたことが物凄く嬉しく、世の中が明るくなったような気がしたのを今でもハッキリ覚えています。その写真は、私の大事な宝物として今でも大事に持っています。

イジメによる自殺が報道されるたびに悲しくなります。親や教師は、気付かなかったのだろうか、誰か止める人はいなかったのだろうかと考えてしまいます。子どものイジメは、大人社会の縮図だと思います。憲法が生かされ、誰もが主権者の一人として、大事にされる社会を大人の責任でつくって行かなければならないのではないでしょうか。

 
http://goo.gl/SG3fiU  http://goo.gl/baE01H
ひどいイジメだった。胃潰瘍ができた。
毎日毎日、恐怖が続いた。
いまもそのトラウマが残っている。

僕がボクシングを始めた理由。
それは、中学のときのイジメだ。
相手に仕返しするためじゃない。
自分の身を守るため。
パンチを打つのではなく、相手のパンチをよけるため。
僕は強くなりたいと思った。

僕は北海道の豊浦町で生まれた。家は貧しかった。
サビだらけのトタン板で囲われた木造二階建て。
窓は木枠でできていたけれど、きっちり閉まらない。
毎年、冬の寒さをしのぐため、ビニールを打ち付けて、窓をふさいでいた。

僕には父親の記憶がない。
僕が生まれてすぐに離婚したらしい。
母親は、自宅の離れで食堂兼民宿を営み、
朝から晩まで忙しく働いた。
なにも買ってもらえなかった。

中学時代当時の僕は、身長が140センチくらい。
相手は170センチ以上あるやつもいて、喧嘩してもかなわないと思った。
僕は笑いのものにされ、使いっぱしりをさせられ、
それでもご機嫌をとり、媚を売りながら生きていた。

母親には隠していたけれど、ある日、お腹が痛くて病院に行くと、
胃潰瘍ができていた。 中学三年になって、さらにイジメはエスカレートした。 モノを隠され、靴を捨てられ、服を脱がされた。
もう、限界だと思った。

カラスやスズメ、虫でもいい、
人間以外のものになりたかった。
学校に行きたくなかった。

そのとき、佐々木先生が異変に気づいてくれた。
先生は、小さくて、運動神経がよくて、サッカー部の顧問。
歳は25歳くらい。 生徒との距離が近くて、
冗談が通じるやわらかい雰囲気を持った人。

その佐々木先生がホームルームで、こう切り出した。
「最近、誰かが、誰かをからかっている。
特定の人に、ひどいことをしている。
誰がやっているか、
思い当たる人は手をあげろ!」

誰も答えない。
すると先生は、大声であいつの名を呼んだ。
「おまえのことを言ってんだよ!!」

シーンとなった。
僕は、ビックリした。
すごいと思った。
こんな大人もいるんだと思った。
先生が叫んでから、イジメはおさまった。

僕は、ボクシングを始めた。
不思議なことに、強くなると、
やり返そうという気持がなくなった。

「先生のひとことで、救われたんだよ」
フライ級の日本一になって
北海道に帰ったとき、
先生にそう言った。
先生は、変わらぬ優しい笑顔で、
小さくうなずいた。

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