もう1年以上も会っていなかった長男が、何を思ったか久しぶりに帰ってきました。県外で飲食関係の仕事をしてるのですが、忙しいようでめったに帰ってきません。「もてない君」で34歳にもなるので、からかい半分に「彼女できたか」って聞いたら以外にも「おるよ」だって。私に似て(?)、内気で女性に声なんかかけられないタイプなので一瞬耳を疑いましたが、事実のようです。詳しく聞いてみると26歳の女性で一人っ子だとか。大学の後輩で、店にバイトに来たことが付き合いのきっかけになったようです。そこで私が、「婿養子に行って、仕送りしてくれたら良いよ(半分は冗談ですよ)」って言ったら、本人もそのことが気になっていたらしく、少し気が楽になったような感じでした。せっかく帰ってきたのに一泊だけで帰らなければならないそうで、彼の勘違いでないことを願いつつ、見送りました。帰りに写真を一枚。

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愛国心

FB友達の角南さんのコメントです。愛国心について改めて考えさせられるコメントだと思いますのでご紹介させていただきます。

僕なんか「愛国心」と言えば、子供や将来のためどんな日本にしていくか?を考えることだと思っています。   例えば、自然がいっぱい。公害や汚染がない。 医療や福祉、教育など社会保障制度がゆき届いている。労働環境や賃金が充実している。、、、、、。「愛国心とは、そう言う国づくりに一役買いたい。」と思う気持ちのことだと思うのです。 (だって国民一人一人は主人公だし、本当は国にとって一番の宝でしょ!)
ところが安倍首相の言う、「愛国心」とは「自らを捨て、国のためなら犠牲も辞さない。」気…持ちのことを指しています。 過去の出来事では、写真の沖縄での集団自決や神風特攻隊でしょうか。 沖縄の知り合いのオバアは、学校で「臣民教育」を受け、「愛国心や武を尊ぶ精神」を植え付けられたそうです。 その結果が親族同志で足を結びつけた、喜屋武岬(沖縄本島最南端)からの投身自殺でした。(中の一人が足の痛みを訴え、前に進むことが出来なくなり、奇しくも一命を取り留めたそうですが。)
歴史の教訓として、どんな悪いやつでも「政治・情報・教育」を手中に収めると世の中を支配出来ると言われますが。 安倍首相はそれを一つ一つ実現しようと目論んでます。彼の合言葉は、「愛国心」「美しい国、日本」。狙いは、一部の大企業やアメリカの利益優先の国作りです。そのためなら戦争もやるとのこと。国のため、自らの命や生活を賭すことを「美」「義務」「責任」と感じることを、「政治・情報・教育」の場面で推し進めています。断固として許されません。
本当に暴走気味の安倍内閣、国民一人一人が将来どのような日本にしていくか?愛国とは?など、今一度しっかりと考えて見るべきではないでしょうかねえ?

は~るよこい

暦のうえでは春とはいえ寒さ厳しい毎日ですが、わが家の庭に植えてあるサクランボのつぼみが膨らみ始めました。やがて葉を開き花を咲かせます。そして、5月中旬には美味しい実をつけ、私の胃袋におさまります。自然界では確実に春が近づいているようです。

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額の広さでは、先輩にかないません

学生時代の一級先輩のKさんが、福井から九州に行く途中、少し遠回りになりましたが、わが家に寄ってくれました。Kさん曰く、学生時代は、「右翼」だったそうですが、現在、日本共産党の町議で、それも8期目だそうです。Kさんとは、約40年ぶりの再会になりますが、お互い年をとりました。Kさん、薄くなった頭を指しながら「これで社会を明るくさせているんや」と、冗談を言いながら1時間ほどで次の目的地に旅立ちました。

記念に写真を1枚。バーさんに撮ってもらいましたが、少しずれてしまいました。

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【元日本フライ級王者内藤大助選手の逸話より】

元フライ級チャンピオンの内藤大助さんが、小さい頃イジメられたことがあるというのは知っていて、私自身とも共通点が多く親近感を持っていました。

彼との共通点の一つに、「良い」教師に恵まれたことがあります。小学校6年生のある昼休み、担任の教師がやってきて「フイルムが1枚余っているので写真を撮って上げる」と言って、1人教室に居た私を撮り、その写真をくれました。ただそれだけのことなのですが、教師を含め人間不信に陥っていた私は、教師が「普通」の対応をしてくれたことが物凄く嬉しく、世の中が明るくなったような気がしたのを今でもハッキリ覚えています。その写真は、私の大事な宝物として今でも大事に持っています。

イジメによる自殺が報道されるたびに悲しくなります。親や教師は、気付かなかったのだろうか、誰か止める人はいなかったのだろうかと考えてしまいます。子どものイジメは、大人社会の縮図だと思います。憲法が生かされ、誰もが主権者の一人として、大事にされる社会を大人の責任でつくって行かなければならないのではないでしょうか。

 
http://goo.gl/SG3fiU  http://goo.gl/baE01H
ひどいイジメだった。胃潰瘍ができた。
毎日毎日、恐怖が続いた。
いまもそのトラウマが残っている。

僕がボクシングを始めた理由。
それは、中学のときのイジメだ。
相手に仕返しするためじゃない。
自分の身を守るため。
パンチを打つのではなく、相手のパンチをよけるため。
僕は強くなりたいと思った。

僕は北海道の豊浦町で生まれた。家は貧しかった。
サビだらけのトタン板で囲われた木造二階建て。
窓は木枠でできていたけれど、きっちり閉まらない。
毎年、冬の寒さをしのぐため、ビニールを打ち付けて、窓をふさいでいた。

僕には父親の記憶がない。
僕が生まれてすぐに離婚したらしい。
母親は、自宅の離れで食堂兼民宿を営み、
朝から晩まで忙しく働いた。
なにも買ってもらえなかった。

中学時代当時の僕は、身長が140センチくらい。
相手は170センチ以上あるやつもいて、喧嘩してもかなわないと思った。
僕は笑いのものにされ、使いっぱしりをさせられ、
それでもご機嫌をとり、媚を売りながら生きていた。

母親には隠していたけれど、ある日、お腹が痛くて病院に行くと、
胃潰瘍ができていた。 中学三年になって、さらにイジメはエスカレートした。 モノを隠され、靴を捨てられ、服を脱がされた。
もう、限界だと思った。

カラスやスズメ、虫でもいい、
人間以外のものになりたかった。
学校に行きたくなかった。

そのとき、佐々木先生が異変に気づいてくれた。
先生は、小さくて、運動神経がよくて、サッカー部の顧問。
歳は25歳くらい。 生徒との距離が近くて、
冗談が通じるやわらかい雰囲気を持った人。

その佐々木先生がホームルームで、こう切り出した。
「最近、誰かが、誰かをからかっている。
特定の人に、ひどいことをしている。
誰がやっているか、
思い当たる人は手をあげろ!」

誰も答えない。
すると先生は、大声であいつの名を呼んだ。
「おまえのことを言ってんだよ!!」

シーンとなった。
僕は、ビックリした。
すごいと思った。
こんな大人もいるんだと思った。
先生が叫んでから、イジメはおさまった。

僕は、ボクシングを始めた。
不思議なことに、強くなると、
やり返そうという気持がなくなった。

「先生のひとことで、救われたんだよ」
フライ級の日本一になって
北海道に帰ったとき、
先生にそう言った。
先生は、変わらぬ優しい笑顔で、
小さくうなずいた。