8月15日に思うこと

8月15日になると父のことを思い出します。終戦の日になると、父は、私に広島の惨状を良く話してくれました。そんな父は、1987年10月29日、白血病で60歳の若さで亡くなってしまいました。戦争中は、九州の何処かの飛行場で整備兵として働いていたようでしたが、終戦の日、徳島に帰る途中、汽車が走っていなかったので焼け野原になった広島の惨状を観ながら鉄道沿いに歩いてきたそうです。原爆が投下されてから9日目のことです。おそらく強い放射線を浴びながら、そんなことも知らずに故郷へ帰れるとの想いで必死に歩いたのでしょう。生きていれば、好きな釣りももっと行けたのに。そして、孫たちの成長を一緒に喜ぶことも出来たのにと、思い出すたびに悲しくなります。
私にとって毎年の8月15日は、父のことを思い出し、戦争のない平和な世界実現のため決意を新たにする日です。

戦争を知らない人が80%になりましたが、お国のためにと勇んで戦場に出た青年たちがどのような人生を歩むことになったのか。自らの心も身体もボロボロになりながら生き残った牟岐町の戦争体験者の方々が、絶対に戦争はいけないと、「平和のねがい」を我々に残してくださっています。図書館に行けば読めると思いますので、お読みになることをお勧めいたします。

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久しぶりの「あんどん」づくり

13日夕方、牟岐大川橋の上において牟岐あんどん会主催による「あんどん展」が行われました。開会に先立ち牟岐町役場前では、ほたる村のカッパのげんさん、カッパこさんによる大道芸、牟岐町青年による太鼓演奏が行われました。

014020 その後、大川橋の上に展示されたあんどんを多くの方々が鑑賞しました。今回の大川橋の上でのあんどん展は、初めての取り組みでもあるし、私も少しでも協力できたらと、突貫工事であんどんを仕上げ、出展させていただきました。

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熱気ムンムン

13日、美波町の自然体験施設「ほたる村」で、現在沖縄で平和ガイドをされている大島和典(元四国放送プロデューサー)氏を講師としてお招きし、「沖縄の過去・現在・これから」などについて講演をしていただき交流しました。大島氏は、徳島新聞の「読者の手紙」欄に、沖縄の現状などについて時々投稿されていましたので一度はお会いしたいと思っていましたので良い機会になりました。
講演では、自ら撮った写真を多数紹介していただき、海兵隊の実態、オスプレイの役割などリアルに理解でき、実り多い交流会になりました。

 

「沖縄の実態をまず来て観てください」と、大島氏は強調されていましたが、その通りかもしれません。40年ほど前(復帰前)に一度行った経験がありますが、あれから随分情勢も変わったし、もう一度行ってみたいな~って気がしてきました。

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暑かった~

もう少し熟れてからと思っていましたが、イノシシが悪さをしに来るし、サルからも狙われていることが分かっていましたので、午前9時から午後2時頃までかかりましたが、少し早目の稲刈りをしました。おんぼろコンバインも順調に働いてくれました。

しかし、今年の暑さは半端じゃないですね。明日は、もっと暑くなるとか。

天候の関係でしょうか。今年はカエルが田んぼに沢山いました。

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さっそくやられました

昨日の朝のことです。田んぼに行ってみたら、イノシシが田んぼに入って悪さをしているのを見つけました。周りの田んぼが稲刈りを終えたので、わが家のがターゲットになったのか、それともバーさんの作った色っぽい(?)案山子につられて血迷ったのかは分からないけど、これから稲刈りまで要注意です。

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バーさんの力作

わが家の田んぼで誰かが立っているので近づいてみると、バーさんの作った案山子でした。スズメやサルなどの番をしていてくれているようです。でも、服装を見るとバーさんの使い古したシミーズが。色気ついたサルが来たらどうするんや。81歳のバーさんのやから大丈夫かな?

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7月の初めに「日和佐道の駅」で購入したディオエア(ハエトリソウ)ですが、虫を捕獲し、食べた形跡を発見しました。ただ、本来虫を食べなくても育つそうで、逆に面白がって何度も与えていると、葉の開け閉めにエネルギーを使い切ってしまい枯れる場合があるそうです。

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食虫植物の花をみた方は少ないと思いますのでご紹介します。ほぼ満開の状態ですが、直径1㎝ぐらいの小さな花です。

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