完全武装の自衛隊が市内を

自衛隊基地を誘致するとき阿南市は、「来るのは施設隊で戦闘を行う部隊ではなく、防災に役立つ」と市民に説明してきた。また、徳島新聞の報道では、「主な任務は、災害復旧活動で、通常時は駐屯地で訓練を行う」としていた。

しかし、10日夜、迷彩服姿の自衛隊員80人が市内を行進した。それも、自動小銃や無反動砲を携帯した完全武装の自衛隊員たちがである。

現在の日本では、銃の所持を認められているのは、許可を受けて狩猟や射撃をする人たち、警察官、自衛隊員のみである。そして、銃の携帯については人目につかないよう、警察官はホルスターに、射撃銃や猟銃はガンケースや銃袋に入れて携帯することが義務付けされ、違反すると厳しく罰せられる。

しかし、自衛隊員は「国を守ってくれる」からそんな事はお構いなしなのか、銃をむき出しのまま堂々と市内を行進した。災害時に備えての訓練を兼ねているというなら、最低限そこらは配慮すべきではないか。

まあ、軍隊を合法化させたいと思っている勢力は、こんなことを常態化させ、憲法改悪につなげて行きたいのだろう。災害時の出動も彼らの戦略で一定の成功を納めているが、自衛隊の本質は憲法違反の軍隊であり、アメリカ軍の補完部隊であることは間違いない。

歩行訓練が実施されるというので反対する人たち約100人が立場の違いをこえて那賀川道の駅に急遽集結した。私も、「銃よりスコップを」で、自衛隊員にアピールしてきた。

日の丸の旗を振る行進賛成派の数人が、「女のくせに、やかまし~ゆうてアホか」って大声で叫んでいた。人殺し(最大の人権侵害)の訓練に賛成するような人だから仕方がないけど、人権感覚が戦前のまま止まっているのかな。

完全武装の自衛隊が市内を」への8件のフィードバック

  1. 何の為に街中を行進したのか?

    あなたの記事だけでは分かりませんね・・・

    自衛隊員を志願する人たちも減っているらしい、
    現在の既成事実からすると、 
    自衛隊の名前に拘わる気持ちは無いが
    余り実利の無い戦闘訓練よりも
    災害対策に専心して欲しいと思います。

    • 砂美の梅さんへ コメントありがとうございます。
      阿南市のHPによりますと 「目 的  部隊の移動能力及び隊員の徒歩行進能力の維持・向上を図、災害時において、 阿南市内の活動拠点となりうる地域及びそれに至る経路等の掌握を図る」となっています。
      おっしゃるとおり、自衛隊には、人の命を奪う訓練より、人の命を救う訓練を最優先して欲しいものだと思います。

  2. なぜ自衛隊に反対なのですか?

    あなた方は人殺しと言っているようですが、警察も、人型の的に射撃する「人殺し」の訓練をしています。

    それは何故ですか?市民を守るのに必要だからです。

    自衛隊もまたしかり。国家の独立を守るためにそのような訓練をしているのです。

    もし、他の国が日本に対して攻撃、また武装勢力などのテロ組織が襲撃してきたら誰が日本を護るのですか?

    貴方はこのような憲法があるのでどうぞ好きにしてくださいとでも言うのですか?

    あなた方の主張は現実的ではなくナンセンスです。

    • なすさんへ  コメントありがとうございます。
       国の独立と国民の命を守るべく訓練をしている自衛隊に反対するなんてとんでもない奴だと思われたかも知れませんね。でも、私の意見も聞いてくださいね。平成5年に牟岐町の有志の方々が、「平和の願い」という本を自主出版されました。もう亡くなった方もおいでますが、24人(政治、思想的立場はいろいろ)の方々が、あの戦争の様々な体験から、二度と戦争をしないようにと私達に訴えています。ある方は、「私達の子孫が長い歴史の教訓に学び、二度と過ちを繰り返さないよう切望し、永遠の平和を祈願する次第であります」と、結んでいます。また、私の父からは、広島の惨状を直接聞きました。戦争はゲームではありません。私は、実際に戦争を体験された牟岐町の先輩の方々の心の底からの叫びを大事にしたいと思っているのです。つまり、憲法9条の精神を守って行きたいというのが私の考えの基本にあります。
       歴代政権が解釈改憲を繰り返し、自衛隊が戦地でアメリカの後方支援までするようになってしまいましたが、9条があるからこそ武力行使に歯止めをかけているし、今日まで日本人が殺し、殺されることなく来たということです。領土問題などを口実に憲法を改正し、国防軍なんてとんでもない話だと思います。あっちがこうだから、こっちもというのでは過去の過ちを繰り返すことになります。改憲を阻止し、憲法9条を守ることこそ平和を願い国を愛する者の現時点での最大の務めだと考えています。
       攻撃されたらと言いますが、憲法9条を持つ国として世界で果たさなければならない役割を放棄し、やくざの子分のようにアメリカにくっつきアメリカ言いなりの防衛、外交政策をやっているから「他の国やテロ組織から襲撃されたら」などと心配しなくてはならなくなるのではないでしょうか。
       いろいろ私の考えを書かせていただきました。考え方の違いはあろうかと思いますが、人を愛し、国を愛する気持ちには変わりはないと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
       
       

      • 初めまして、失礼します。
        国を愛し、平和を願う。家族を想い、安全を求める。その気持ちは誰しも同じでしょう。
        ですが、問題はその方法です。

        「攻撃されたらと言いますが、憲法9条を持つ国として世界で果たさなければならない役割を放棄し、やくざの子分のようにアメリカにくっつきアメリカ言いなりの防衛、外交政策をやっているから「他の国やテロ組織から襲撃されたら」などと心配しなくてはならなくなるのではないでしょうか。」
        このようにコメントでお書きですが、日本が備えている主な脅威に、米国との同盟を理由にしているものがあるでしょうか?むしろ米国の同盟がなければ、有形無形の圧力をかけるなどとまどろっこしいことをせず、隣国は日本の離島などをもっと直接的に奪いに来るとは思いませんか。
        また、「9条は変えない・米軍はいらない」では、国を守る手段がありません。米国に意見し、自国の政策を貫くには、強い力が必要です。その力を持とうという考えさえ封じ込めているのが、現在の憲法と、そこから生まれた反戦主義の教育ではないでしょうか。

        本文中では自衛隊の訓練を、人を救う訓練と人を殺す訓練などと分けて書いていますが、自衛隊には日本を守る・救う以外の訓練はありません。(ここでいう日本とは領域や主権と、国民の生命・財産など、日本に暮らす人々の生活全てです)どこの街がどんな危機に陥っても、対応して活動することが自衛隊には求められているのです。

        自衛隊の本質が軍隊であり、軍隊が憲法に違反する。それは言葉として正しいのかもしれません。では矛盾する二つの存在があったとき、どちらを残すべきでしょうか?現実的な盾を構えるか、敵の前で裸になるか。それを国民に問う時が来ているのではないでしょうか?
        憲法の解釈を次々に拡大する現状は、国家の最高法規が軽々しく扱われているようで自分も苦々しく思っています。成立から70年になろうとする法律ですから、そろそろ今の日本人の考えで憲法を改めるべきではないでしょうか。

        現代の日本人が、現実を見て剣と盾を持つも良し。夢を見て裸になって、平和主義と心中する覚悟があるなら、それも良し。曖昧な解釈で済ませず、国民の覚悟が問われるべきではないでしょうか。

  3.  浅倉さんへ  はじめまして コメントありがとうございます。
     私の基本的な考えとして国際紛争は軍事力ではなく、外交力で解決すべきだと思っています。普段の社会生活でも、もめ事は話し合いで。それでも解決しない場合は法的手段でという考え方で生活しています。私だけではなく、多くの方がそのような生活をおくっておられるのではないでしょうか。「力には力で」という考え方では何時までも戦争は無くなりませんし、平和な世界を望めません。それは過去の歴史が示しているではありませんか。
     なすさんへのコメントで牟岐町の有志が自主出版した「平和の願い」を紹介させて頂きましたが、あの24名のほとんど(女性もいるので)は、天皇のため、お国のためにと勇ましく戦地に向かった方たちばかりです。しかし、戦争の余りにも悲惨な体験から二度と戦争をして欲しくないとの思いを戦争を知らない世代に伝えたく出版に至ったそうです。中国や韓国、北朝鮮の態度から、この際「やってしまえ」とか、国防軍をとかいう勇ましい話を聞くたびに、この人たちにも是非、この本を読んで冷静になって欲しいなと思います。
     戦後、新しい憲法が制定されましたが、アメリカと安保条約を結びました。ここから日本の歩む方向が、憲法の目指す日本と違う方向に進み始めました。軍事同盟なんてやくざの縄張り争いのようなもので、現在まともに機能しているのは日米、米韓の軍事同盟くらいだと思います。世界では、非同盟国が圧倒的に多いというのが現実です。なさけない話ですが、アメリカとの関係から唯一の被爆国であるにもかかわらず、世界で核廃絶の先頭に立てません。アメリカの核に守られているという立場ですので、北朝鮮の核開発にものを言っても何の説得力も持ちません。そして、アメリカの起こす戦争の出撃基地として日本の基地が度々使用されてきました。後方支援だといって海外まで行き、親分の戦争のお手伝いまでやりました。こんなことをやっているから世界に敵を作ってしまうのです。いつまでやくざの世界にいるつもりなのでしょうか。親分とはきっぱり縁を切り、憲法9条を持つ国として、独自の道を歩むべきだと思っています。
     こんな考え方ですので、自民党政権のように解釈改憲を繰り返し、現実と憲法が乖離しているから現実に合うように憲法を変えるなどという主張には賛成できません。日本人が殺し、殺されることがないように今こそ現憲法を守ることが大切だと思っています。
     なお、安保廃棄については、あなたの言う強い力が無くても条約上は、片方の国が通告すれば良いとされています。また、私は、安保廃棄を主張していますが、何もアメリカと関係を断絶せよという主張ではなく今の関係はおかしいので、新たに友好条約を結び正常な関係にすべきだという主張です。自衛隊についても直ちに無くせなどと非現実的なことを言っているのではありません。憲法9条を持つ国として世界の中で本来の役割りを果たせるような国になれば、国民の中からも軍隊としての自衛隊は必要ではないという声が必ず大きくなってきます。そんな時代が必ずやってくると思っているし、そうでなければいけないと思っています。
     

    • 何度も失礼します。

      「国際紛争は軍事力ではなく、外交力で解決すべき」
      軍事力と外交力は切り離して考えられるものではありません。相手に話を聞かせるには、何らかの力が必要です。それは軍事力に限らず、経済力とか宗教権力であったりもします。ですが、どんな相手にも必ず通用するのが軍事力です。

      「普段の社会生活でも、もめ事は話し合いで。それでも解決しない場合は法的手段で」
      いきなり腕力に訴える人はいないでしょうね。ですが、日本の社会でさえ傷害・殺人などの事件は後を立ちません。軍事力は、相手が最終手段に訴えるのを、ためらわせるために必要なのです。
      法が力を持つのは、警察の力があるからです。警察があるから、法を破ることにリスクが生まれて、誰もが法を守るべきという考えに至ります。ルールを誰にも守らせるには、強い力が必要です。

      「多くの方がそのような生活をおくっておられるのでは」
      自分もその一人のつもりですが、例外の一人に刺されたらそれまでです。だからこそ、あなたの家には鍵がついているのではありませんか?

      「「力には力で」という考え方では何時までも戦争は無くなりませんし、平和な世界を望めません。それは過去の歴史が示しているではありませんか。」
      前半については同意できますが、過去の歴史で平和な世界などありましたか?閉鎖的な範囲で、強い力が押さえつけた平和はありましたが。(江戸時代の日本など)
      また歴史は、戦争を嫌って国防を軽んじた国が侵略を受けることも示しています。

      「平和の願い」
      戦争をしない=軍隊を持たず守ろうとしない、ではありません。
      二度と戦争を繰り返さないために、抑止力としての力が必要ではありませんか。

      「中国や韓国、北朝鮮の態度から、この際「やってしまえ」とか、国防軍をとかいう勇ましい話を聞くたびに、この人たちにも是非、この本を読んで冷静になって欲しいなと思います。」
      もちろん戦争をしようなどと、人道的にも、国益的にもとんでもないことです。戦争が起きるのは外交の失敗であり、国際的な信用を失い、多くの人命や財産が失われるでしょう。だからこそ、相手が戦争を仕掛けてこられないようにする必要があります。

      「アメリカと安保条約を結びました。ここから日本の歩む方向が、憲法の目指す日本と違う方向に進み始めました。」
      憲法の目指す方向というのは、日本を被占領国に位置づけて自国の防衛を放棄させ、占領国の言いなりとすることではないでしょうか?

      「現在まともに機能しているのは日米、米韓の軍事同盟くらいだと思います。」
      まともに機能しているのならば、良いではないですか?

      「世界では、非同盟国が圧倒的に多いというのが現実です。」
      NATO、EU、ASEANなど多くの国が、どこかと連携関係にあると思いますが?経済的な結びつきでも、連携している国に軍事的な脅威が迫れば、その脅威に対して協力して立ち向かうと思いますよ。

      「なさけない話ですが、アメリカとの関係から唯一の被爆国であるにもかかわらず、世界で核廃絶の先頭に立てません。アメリカの核に守られているという立場ですので、北朝鮮の核開発にものを言っても何の説得力も持ちません。」
      では日本が核の傘を抜ければ、北朝鮮は核開発をやめるでしょうか?そしてその時には、日本は中国の核に、米国の核に、全てが味方ではなくなるのです。
      また、米国の核の傘を抜けるためには、さらに強い力が必要です。(後述)

      「そして、アメリカの起こす戦争の出撃基地として日本の基地が度々使用されてきました。後方支援だといって海外まで行き、親分の戦争のお手伝いまでやりました。こんなことをやっているから世界に敵を作ってしまうのです。」
      米国の支援というと中東が主でしょうが、中東が日本の主な敵でしょうか?例えば、竹島を侵略した韓国や、尖閣・沖縄から海洋進出を狙う中国は、日本が米国の手伝いをやめたら笑って味方になりますか?

      「いつまでやくざの世界にいるつもりなのでしょうか。親分とはきっぱり縁を切り、憲法9条を持つ国として、独自の道を歩むべきだと思っています。」
      どうにも理解できないのですが、あなたの言う「やくざ」でない国がどこにあるのでしょうか?どこの国も、何らかの「力」でもって、自国の主権や利益を守っています。
      ごく一部の非武装の国は、大国が守らざるを得ないとか、侵略を狙う敵が存在しないなど、特別な理由があります。

      「日本人が殺し、殺されることがないように今こそ現憲法を守ることが大切」
      殺すことだけは防げるかもしれませんが、どうして殺されることを防げるのでしょう?
      戦争をしないと言えば、相手は銃を向けずに言うことを聞いてくれますか?

      「安保廃棄については、あなたの言う強い力が無くても条約上は、片方の国が通告すれば良いとされています。」
      安保廃棄自体が可能か不可能かではありません。あなたも米国の核の傘に日本が守れれていることは理解されているようですが、核の傘から出た後に日本を守るのに強い力が必要だということです。
      入っている他人の傘から歩き出るのに自前の傘はいりません。では、傘も持たずに一人で濡れて歩いていきますか?

      「私は、安保廃棄を主張していますが、何もアメリカと関係を断絶せよという主張ではなく今の関係はおかしいので、新たに友好条約を結び正常な関係にすべきだという主張です。」
      その正常な関係とは?在日米軍を無くすのは防衛力を低下させますし、沖縄の負担を軽くすべきとしても、どこかに負担を強いることにはなるでしょう。また、後方支援の手伝いさえせずに、日本が危なければ助けてもらえると思いますか?

      「自衛隊についても直ちに無くせなどと非現実的なことを言っているのではありません。憲法9条を持つ国として世界の中で本来の役割りを果たせるような国になれば、国民の中からも軍隊としての自衛隊は必要ではないという声が必ず大きくなってきます。」
      世界中が平和憲法を持ち、どこの国も最低限の防衛力しか持たず、戦争の危険性がなくなったなら、自衛隊も必要なくなるでしょうね。世界中の国、そこに暮らす人間が、望んだものを全て与えられるならば争う理由もなくなるでしょう。十分に非現実的です。

      「そんな時代が必ずやってくると思っているし、そうでなければいけないと思っています。」
      今はそんな時代じゃないので、自衛隊が訓練を重ねて日本を守ることに反対するのは現実的ではありません。自衛隊が活動するのはなぜか、米軍が日本にいるのはなぜか。それを考えて、原因に対して声を上げるべきではないでしょうか?

  4. 浅倉さんへ コメントありがとうございます
    私の基本的な考えとして前にも書きましたように、「力には力で」という考えかたは間違っていると思っているし、これが人類を不幸にしているな~と思っています。核の開発競争、軍拡なども、「力には力で」という考えが根底にあるものでしょう。もちろん、浅倉さんのご意見のように現実には力が必要な場合があるとは思います。ただ、経済、人的交流が地球的規模ですすんだり、過去の戦争の経験から人類は知恵を付けてきているというのは事実ですので、「相手に話を聞かせるには、何らかの力が必要」「相手が戦争を仕掛けてこられないようにする必要」「さらに強い力が必要」などと固定的・断定的に考えてしまうのもどうかと思うのですが・・・ 。

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