悲劇を繰り返すな

本日、しんぶん「赤旗」日刊紙に「横浜の米軍戦闘機墜落から35年」の記事が掲載されていた。林さん親子ら9人が死傷した大事故だったが、亡くなった林和枝さんは、私と同じ年(当時26歳)だったいうこともあって、あの事故のことは鮮明に覚えている。

1977年(昭和52年)9月27日、厚木基地を飛び立った米軍戦闘機が住宅地に墜落した。パイロットは自衛隊ヘリで救出されたが、大火傷を負った母子らを運んだのは近くで工事をしていた人たち。その後到着した米軍は、救助にかかわることなく周囲の立ち入りを規制。証拠になるエンジンを回収して本国に送り、日本側は、証拠の収集すら出来ないまま。

林和枝さんの長男、裕一郎(当時3歳)ちゃんは、全身大火傷で翌日午前0時50分「おばあちゃん、パパ ママ バイバイ」との声を残して息を引き取ったと言う。また、弟の康弘(当時1歳)ちゃんも、後を追うように「ポッポッポ」の歌をかすかに歌いながら息を引き取った。

和枝さんも、全身8割にも及ぶ火傷で1ヶ月以上も絶対安静の危篤状態が続いた。和枝さんに子どもたちの死が知らされたのは事故から1年4ヵ月後のことだった。その後和枝さんは、「子どもの分まで生きる」と入退院を繰り返しながらも懸命に生きたが事故から4年4ヵ月後、精神病院で息を引き取ったのである。

もうこんな悲劇は二度と繰り返して欲しくない。何故、何の罪もない普通に暮らしている子どもたちや主婦が命を奪われなければならないのか。最愛の子どもたちと自らの命を奪われた和枝さんの無念の気持ちを考えると涙をおさえる事が出来ない。

今後も、米軍戦闘機の低空飛行訓練とオスプレイの配備、訓練を止めさせるために頑張りたいと思う。

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献血に行ってきました

時間が有ったので役場前で献血してきました。10分ぐらいで終るし、1ヶ月もしないうちに血液検査の結果を送っていただけるから、自身の健康管理にも役立つし、輸血が必要な方にも役立ちます。それに日赤や役場からお土産(?)もいただけます。良いことばっかりですよ。

 

 

 

 

 

献血に行くと2回採血されます。最初は、比重を量ったり血液型の検査をするもので、比重が足りなかったりした場合は、この時点で献血はダメってことになります。女性では、比重が足りなくて献血できない方が比較的多いようです。ちなみに血液の保存期間は21日間で、それ以内に使われるそうです。なお、エイズの検査も秘密厳守でしていただけます。気になる方は、検査してもらったら安心です。

止血措置をしてもらいます

9月議会が終りました

本日、9月議会が終りました。議員1名が寝坊で遅刻するハプニングがあり、5分遅れの9時5分からの開会となりました。議員生活14年で初めての出来事でした。

9月議会は、報告1件、議案19件(決算認定7件、議員提案2件を含む)で、決算認定は、行政常任委員会に付託しましたので、議案が少なく12時10分過ぎに閉会しました。

補正予算で主なものは、海部病院敷地や避難広場造成に係る測量設計、土地購入、立木補償費などで370,484千円を追加し、歳入歳出総額を3,972,946千円としました。

一般質問には、防災対策、障害者支援など、4名が質問しました。私は、防災対策、町活性化、イジメ対策について質問しました。質問原稿から紹介いたします。

3点について質問させていただきます。最初に防災対策についてでありますが、要援護者への避難対応に限った質問をさせていただきます。8月29日、内閣府は東海沖から四国沖にかけての南海トラフ沿いで巨大地震が発生した場合、徳島県で最大3万1千人、全国で32万3千人が死亡するとのショッキングな被害想定を公表しました。そして、徳島県では、亡くなる方の8割は津波であること。また、高知県の黒潮町には最大34m、本町では15mの津波の襲来が想定されるという事であります。町民のみなさんからは、「これはもう、どないしてもあかんわ」とか、「私は、足が不自由で逃げられんけんあきらめとんよ」などの声が聞こえてきます。

数字が一人歩きして困るわけでありますが、今回発表されたのは、冬の深夜に最大級の地震と津波が起こったと仮定したケースであって、しかも、すぐに避難する方が2割、いろいろ準備をしてから避難する方が5割、津波が来たのを見てから避難する方が3割としての数字であります。したがって、今後の取り組みいかんによっては、被害者を少なく出来るということであり、そうしなければならないということであります。

昨年の3,11東日本大震災のあと、マスコミによる震災時の生々しい映像がながされたり、防災関係の報道が多くなったということも影響していると思われますが、町民のみなさんの防災に対する関心が一段と高まっております。避難道の整備や避難場所の整備、備蓄食料など、自主防災組織や町内会での取り組みが活発になってまいりましたし、各地域からの行政に対する要望も強まっているのではないでしょうか。また、防災意識の高まりとともに、「いざという時は何をおいてもまず安全な所に逃げる」ということが町民のみなさんの共通の認識になってきたのではないでしょうか。先日、鳴門の防災訓練の模様がニュースで流れていましたが、消防団においても、団員自らと家族の命を守ることを最優先にし、避難を呼びかけながら逃げるということを団の方針としているそうであります。ここで、我々が真剣に考えなければならないのは、避難したくても避難できない方々に対する対応であります。

「釜石の奇跡」で有名になった群馬大学の片田教授の教えである、「率先避難者たれ」「最善を尽くせ」「想定にとらわれるな」は、今回の震災の大きな教訓として、全国で定着し、いろいろの形で活かされつつありますが、要援護者といわれる方々にも、あきらめないで避難するために最善を尽くして欲しいと思いますし、行政も、大変難しい課題ではありますが、犠牲者を少しでも少なくさせるために最善を尽くして欲しいとの思いで質問させていただきます。

まず、最初に要援護者の状況であります。高齢者とか障害者、言葉の分からない外国人など、避難が自力では困難な方々などを要援護者あるいは災害弱者などという言い方をするわけでありますが、昨年6月議会で一山議員への答弁において、住民福祉課長は、「台帳は作成済み」だと答弁しております。それ以上の答弁がなかったので改めて質問させていただくわけであります。台帳の中身は時間の経過とともに変化するものですが、現時点で牟岐町には要援護者といわれる方は、何人おられるのでしょうか。また、在宅、施設入所の内訳はどうなのでしょうか。次に、その内、施設管理者、家族、近所の人などの助けにより、避難の目途がたっている方、避難体制が整っているのは何人ですか、お伺をいたします。

次に、避難場所として近所の丈夫な建物の活用についてであります。以前にも提案したことがありますが、震災時、要援護者が町の指定した避難所に避難できれば一番良いわけでありますが、高齢者や病気、障害により歩行が困難な方が、あまり避難所に避難することにこだわりすぎるとかえって犠牲者を増やしてしまう場合が考えられます。今回の想定では、牟岐町には最短で1mの津波が9分後に、3mは14分後に、5mは17分後に到達すると想定されています。数10cm浸水するだけで、元気な人でも歩行が出来なくなるわけでありますから、余り時間的余裕がないわけであります。そこで、無理をして遠い避難所に行くより近所の丈夫な建物に避難するのも一つの方法ではないか、そのための用意も必要ではないかということであります。もちろん、15mの津波が来れば、牟岐町の場合、海際のほとんどの建物は水没してしまいますが、しかし、実際には、5mかもしれないし10mかもしれないのです。コンクリートづくりの2階や屋上に避難して助かる可能性もあります。犠牲者を少なくするために現時点で考えられる「最善を尽くす」ということであります。もちろん、そのためにはお隣同士、あるいは町内会や自主防災組織などでの十分な話し合いが必要なのは言うまでもありませんが、町当局としても、関係者にこのような提案を積極的にすべきだと思いますがいかがでしょうか。また、今回の想定の中で、避難ビルの活用が強調されております。本町議会で避難ビルという言葉は聞いた覚えがありませんし、田舎の牟岐町では、ビルといってもなじみのない言葉でありますが、じつは、昨年6月と10月に国土交通省のおこなった「津波避難ビル等に関する実態調査」に対し、牟岐町は、指定数として6月には13棟、10月には14棟と回答しています。この避難ビルというのは、私の質問の中で使わせていただいた丈夫な建物と同じ意味で使われているのではないかと思いますが、回答した、避難ビルというのは何処のことでしょうかお伺いいたします。

最後に、外国人に対する避難対策であります。本町に外国人が何人いて、言葉が分からない人がどれだけいるのか分かりませんが、確かに、言葉が分からなければ、避難を呼びかけても理解できないわけですし、字が読めなければ標識の意味も理解できませんので特別の対策が必要になります。もちろん避難訓練にも参加していただく必要もあります。このような方々にはどのような対応をしているのかお伺いして次の質問に移ります。

本町の活性化についてお伺いいたします。地方自治法第一条には、地方自治体の役割として住民の福祉の増進が掲げられております。一言で言えば、住民のみなさんの幸せのために仕事をすると言うのが、自治体の仕事であります。そして、その責任者は町長であります。町長は、昨年4月、町長就任以来、町の活性化を課題の一つに掲げ今日まで努力されてきましたし、19日の今議会開会にあたっての所信の中でも、町活性化の決意を改めて述べられました。

今議会に補正予算として提案されている海部病院敷地や避難広場の造成、急傾斜地崩壊対策事業、コミュ二テイーセンターの雨漏り対策、商品券発行補助金などなど、住民のみなさんの幸せと、本町活性化に繋がる事業として提案されたものとして受け止めております。福井町長に限らず、歴代の町長は、その時々、考え方ややり方には違いがあったかもしれませんが、町民のみなさんのために、その人なりに町活性化のために頑張ってこられたと思います。ただ、それで良かったのか、足りないものがあったのではないかという思いが、私自身の反省も含めてあります。活性化のための予算をつけるのは町当局と議会の仕事ですが、「まちづくりは人づくり」と言う言葉があるように、実際に活性化のために頑張っていただくのは町民のみなさん方です。町民のみなさん方の立ち上がりがなくて町の活性化など出来るはずがありません。もちろん、職員のみなさんにも頑張っていただかなくてはなりませんが、これまで牟岐町を支え、守ってこられた方々に対し、町として、いままで余りにも感謝と激励の気持ちを伝えることが少なかったのではないでしょうか。また、本町貢献の働きに対し光を当てるということが不十分ではなかったでしょうか。

議会開会日に町長は、牟岐町の美しい景観の話をしていましたが、昨日、早朝から老人会の方々が、町内あちこちで清掃活動をしてくださいました。大変ありがたいことです。知っている方は少ないかもしれませんが、早朝、暗いうちから駅前付近を清掃していただいている方々もおいでます。また、ある職場の方々ですが、少し前の日曜日に国道沿いのゴミ拾いをしていただいていました。無線局に通じる道の清掃をしてくださっている方もおいでます。清掃を一つの例として挙げさせていただきましたが、他にも交通事故で片足を無くしたけれども義足をつけて、夫婦で励ましあいながら懸命にリハビリに励んでおられる方もおいでますし、社会体育の指導員として長年頑張っておられる方々、公民館サークルでお世話されている方々、それぞれの職場で頑張っておられる方々など、本町には、いろいろの分野で頑張っておられる方々が沢山がおいでます。これらの方々の頑張りがあってこそ本町が成り立っているということ、そしてこれらの方々にもうひと頑張りしていただかなければ牟岐町の活性化はないということを再認識すべきであります。

人は他人の頑張りを知れば、それを励みに頑張れるものです。またそのことを通じて絆も生まれます。その輪が大きくなれば地域全体の絆が深まり活性化にも繋がります。

具体的には、広報むぎ、町ホームページなどで、自薦する方は少ないと思いますので各課、町民のみなさんからの推薦などで、本町発展に貢献してくださっている方の紹介する場を設けたらどうかという提案であり質問であります。もちろん人に知っていただくために頑張っておられるのでないだろうし、固辞される方も多いとは思いますが、是非、この趣旨を理解いただき、協力していただいたらと思います。

次にいまの質問に関連いたしますが、牟岐町表彰規程の運用についてであります。この規程は、「町の行政振興に寄与し、又は、衆人の模範と認められる行為があった者を表彰し、もって町自治の振興を促進することを目的とする」もので、町の公益事業に尽力し、その功績が顕著なもの。町民の模範となる善行をし、衆人が認め得る者などを対象に個人、団体を表彰し、その功績に応じた記念品を贈呈するものです。選考委員会は副町長、教育長、各課長などで構成するものですが、いままで縷々述べてきたように、本町発展のために貢献してこられた方を正当に評価し、表彰することは、本人にとっても、周りの人にとっても励みになりますし、それが本町の活性化に繋がっていきます。この規程が設けられてからまだ日が浅いわけでありますが、対象者は沢山おいでるようですし、しっかり運用していただきたいと思います。今日までの運用状況はどうだったのかお伺いし、次の質問に移ります。

次に、イジメ対策についてであります。文科省の調査によりますと、昨年度、学校側がいじめを把握した件数は全国で約7万件。前年度より1割、7400件減ったそうであります。ただ、昔と違って、携帯やインターネットを使った陰湿なイジメモもあるようで、実際に減ったかどうかは分からないとしています。学年別では中学校1年生が1万5千件で一番多く、昨年度、自殺した小中高生は、前年度より44人増え200人で過去25年間で最悪の事態だったということであります。

本町の場合はどうでしょうか。今年の3月、中学校の卒業式に出席させていただきましたが、式のあと、真っ赤に泣きはらした顔で子ども達がワイワイ楽しそうに記念写真を撮っているのを見て、このクラスは、みんな仲が良かったんだな~、こんなクラスだったらイジメなんかないだろうな。やっぱり田舎の学校は良いな~と思いながら帰ってきた記憶があります。ただ、この間の全協では、議員から、娘がイジメられていた。イジメの相談を受けて教育長と話し合いをしたことがあるなどの話が出ました。実はその後、私も、中学生時代にイジメにより不登校になり結局高校に行かず、いま大検の試験を受けるために勉強している青年がいることを知りました。

少人数で、しかも田舎の学校でも、今の時代イジメはあると考えていたほうが正解かもしれません。もちろんこの問題は、今に始まったことではありませんし、学校や先生方も十分注意していただいていると思いますし、対策も考えていただいていると思います。ただ、イジメは、教師や大人の目に付くところではやられないということで、明らかになった頃には、重大な事態になっているなどということになりがちです。またイジメは、イジメる子と、イジメられる子だけでは成り立ちません。イジメをはやしたてる子、見ても見ぬふりをする大多数の子がいて成り立つものです。したがって、イジメは、一部の子どもたちの問題ではなくクラス全体の問題、地域社会、社会全体の問題として捉えなければ解決できない問題だと思います。

したがって、この問題を教育長だけに質問するというのも変な気がしますが、現場に一番近い所にいるのが教育長だということで質問させていただきます。本町学校におけるイジメの現状と今後の取り組みをお聞きして質問を終ります。

要援護者として登録されているのが67名、そのうち避難体制が整っているのはたったの2名。地域で話し合うなどして、早急に対策を考えないと助かる命も助けられません。

表彰規程の運用については、総務課長も前回は何時だったのか記憶がないとか。大事なことを行政は怠って来てたってことです。社会貢献に光を当てることについては、すぐにでもやりたいとのことでした。

本町小中学校では、現在のところイジメの報告はされていない。小さいイジメも見逃さないようにしたいとのことでした。

オスプレイ配備と低空飛行訓練の中止を求める意見書を提案し全会一致で採択されました。

オスプレイ配備と低空飛行訓練中止を求める意見書(案)

 

本議会は、米軍戦闘機の低空飛行訓練に関し、住民の命と暮らしを守る立場から過去にも低空飛行訓練の中止を求める意見書を関係機関に提出してきた。

しかし、その後の事態は依然として変わりなく、相変わらず米軍による低空飛行訓練が続けられている。特に、本町上空を含む海部郡上空は、米軍によりオレンジルートと呼ばれる訓練空域に勝手に指定され、低空飛行訓練が集中してやられている。

航空法により、人口密集地上空での飛行については300メートル以上、それ以外では150メートル以上と定められており、1999年の日米合同委員会において米側もその制限高度を守ることに合意している。しかし現実は、轟音とともに住宅地上空を超低空で飛行する米軍戦闘機が全国各地で目撃されており、住民から不安の声が寄せられている。

こんな中、沖縄に配備が計画されている米軍新型輸送機MV22オスプレイがオレンジルートでの低空飛行訓練を行うことが明らかになった。オスプレイは米国内で「未亡人製造機」と言われるほど開発段階から事故が多いことで知られている軍用輸送機であり、日本では当たり前のエンジン停止時、安全に着陸できるオートローティション機能を有していない。また、米軍の訓練計画では夜間も含め地上60m~150mの超低空飛行訓練が予定されている。

したがってオスプレイは、安全面でも日本の空を飛ぶ資格を有していない航空機であると言えるし、計画されている低空飛行訓練は、最初から日本の国内法を無視しなければ成り立たないものである。従来の米軍戦闘機低空飛行訓練に加え、日本の法律、日米合意を無視した超低空飛行訓練を前提とするオスプレイの配備と訓練は、住民の命と暮らしを守る立場から到底容認することは出来ない。

よって、本議会は、政府に対しオスプレイの配備と低空飛行訓練の中止を米国政府に強く求めるよう要望する。

以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

平成24年 9月  日

徳島県海部郡牟岐町議会

提出先

内閣総理大臣 外務大臣 防衛大臣 内閣官房長官 衆議院議長 参議院議長

やめてくれ~

毎年、楽しみにしている富有柿がお猿さんに食べられています。どうも、集団ではなくて一匹猿のようで、コソッと毎日5個(?)ほどの柿を食べてゆきます。それも、まだ熟していないので美味しくないのか食べかけを残してゆきます。来月の10日頃になれば熟して食べられるようになると思うけど、このまま行くと、それまでに無くなってしまうかも知れません。

 

 

 

 

 

 

この写真は、かなり前に撮ったものですが、集団で来る場合には、ギャーギャーうるさいので来たことがすぐ分かるのですが、一匹猿の場合は静かなので気が付いた頃には既にやられてしまっている場合が多いです。

お猿さんに一言。オッサンはな~、食べ物を粗末にする奴は嫌いなんじゃ。食べるなら最後まで食べて残すな~。今度来たら説教したろかな。

牟岐町敬老の日のつどいが開催されました

午前10時より、海の総合文化センターで牟岐町敬老の日のつどいが開催され、来賓の一人として参加しました。

会場には、75才以上の方、110名ほどが御出席いただきました。暑さのせいでしょうか、昨年に比べると出席者は少なかったようです。

わが家のバーさんは、「たいそうなけん止めとくわ~」ってことで欠席でした。

白寿、米寿、喜寿の方々には、町長から記念品が贈呈されました。

本年9月1日現在、75歳以上の方は、1,145人。100歳以上の方は、5人(本日時点では4人)。90~99歳の方は、139人。75歳~89歳の方は、1,001人です。高齢者比率も40%を超えています。

9月3日に出羽島のお宅を全戸訪問した時、お年寄りからは、「年金で暮らしているのに減らされて困る。おまけに消費税増税や。どないして暮らしていけばいいんや」「孫が病気で、年金から送金しているが生活が大変」などの声が寄せられました。戦前、戦中、戦後と苦労して、社会を支えてこられた方々ばかりなのに、いまの政治は、あまりにも弱者に冷たすぎます。

完全武装の自衛隊が市内を

自衛隊基地を誘致するとき阿南市は、「来るのは施設隊で戦闘を行う部隊ではなく、防災に役立つ」と市民に説明してきた。また、徳島新聞の報道では、「主な任務は、災害復旧活動で、通常時は駐屯地で訓練を行う」としていた。

しかし、10日夜、迷彩服姿の自衛隊員80人が市内を行進した。それも、自動小銃や無反動砲を携帯した完全武装の自衛隊員たちがである。

現在の日本では、銃の所持を認められているのは、許可を受けて狩猟や射撃をする人たち、警察官、自衛隊員のみである。そして、銃の携帯については人目につかないよう、警察官はホルスターに、射撃銃や猟銃はガンケースや銃袋に入れて携帯することが義務付けされ、違反すると厳しく罰せられる。

しかし、自衛隊員は「国を守ってくれる」からそんな事はお構いなしなのか、銃をむき出しのまま堂々と市内を行進した。災害時に備えての訓練を兼ねているというなら、最低限そこらは配慮すべきではないか。

まあ、軍隊を合法化させたいと思っている勢力は、こんなことを常態化させ、憲法改悪につなげて行きたいのだろう。災害時の出動も彼らの戦略で一定の成功を納めているが、自衛隊の本質は憲法違反の軍隊であり、アメリカ軍の補完部隊であることは間違いない。

歩行訓練が実施されるというので反対する人たち約100人が立場の違いをこえて那賀川道の駅に急遽集結した。私も、「銃よりスコップを」で、自衛隊員にアピールしてきた。

日の丸の旗を振る行進賛成派の数人が、「女のくせに、やかまし~ゆうてアホか」って大声で叫んでいた。人殺し(最大の人権侵害)の訓練に賛成するような人だから仕方がないけど、人権感覚が戦前のまま止まっているのかな。

せつ子からトウモロコシが

クール宅急便でトウモロコシが届いた。もう何年前からになるだろうか、毎年、この時期になると学生時代の友人、せつ子からトウモロコシ、小豆、リンゴなど、自分の農場でつくった農産物を送ってくれる。卒業してから1回も会っていないから、ぽっちゃりタイプでほっぺが赤い、アコーディオンを弾きながら元気で歌うせつ子の記憶しかないが、そのせつ子も、もう還暦。お礼の電話をしたら相変わらず元気なようで、さよなら原発の国会前デモにも行ってきたようだ。旦那さんを事故で亡くしたり、子どもに障害があったりで大変だっただろうが、持ち前の明るさで乗り切ってきた。私にとっては友人であり、かけがえのない恩人の一人なので何時までも元気でいて欲しいと願っている。2年半後、山口県で開かれる同窓会で会う約束をした。いまだに、「せつ子」なんて呼びかたをしているけど、いまさら「せつ子さん」なんて言い難いし、と言って「せつ子」なんて呼び捨てもね・・・。まだ先の話なのに、そんな心配をしている。

さっそくトウモロコシをいただいた。生食用の品種のようで、皮を剥いでそのままガブリ。何だかんだと味にうるさい娘も一気に2本食べてしまった。