東北視察 その3

宮城県本吉郡南三陸町。地図上では、気仙沼市の下になります。防災対策庁舎での惨劇がマスコミで良く報道された所です。23年8月31日時点での死者行方不明者は793人、半壊以上の世帯は3301戸、半壊未満は2117戸です。

この防災対策庁舎で多くの職員が犠牲になりました。最後まで避難を呼びかけていた女性も最後には声が震えていたといいます。ほんと怖かったでしょうね。

あの放送でたくさんの方の命が救えたかもしれません。でも、24歳の青春は二度と戻ってくることはないのです・・・。

 

 

 

 

牟岐町の場合、現時点では庁舎が被害を受けることは確実です。それも数分後には津波の襲来が予想されているのです。立っていられないような地震があれば町長も含めて職員は直ちに避難すべきだと思います。そして、町民のみなさんも避難指示の放送など待つことなく直ちに避難することが大切ではないでしょうか。南三陸町の惨劇を繰り返してはならないのです。

南三陸町では、観光ボランティアを務めていた町民のサークル「汐風(しおかぜ)」のメンバーである阿部さんが、震災での自らの体験を語っていただくとともに、被災地域の案内をしていただきました。

阿部さんによりますと、浸水深最大20メートルを超える津波が押し寄せたが、35分から40分、遅いところで1時間の避難する時間があった。自分自身は車で逃げながら避難を呼びかけたが、それに応じなかった方がいて、その方は亡くなったそうです。まさか、あんな大きな津波が来るとは想像できなかったかもしれませんね。震災時、てんでに逃げることの大切さを強調されていました。また、避難グッズとして懐中電灯、水、ラジオなどは必需品ですが、体力を考えて重過ぎないようにすることが大切とのことでした。なるほど、重いリュックなんか背負ってたら走れないですものね。

 

 

 

 

 

 

 

仮設店舗が並ぶ商店街。着替えのポロシャツを買い、「徳島から来ました」って、店のご夫婦に挨拶しました。驚いた様子でしたが、帰り際に「娘が香川の人と結婚することになったんです」って、笑顔で話していただいたのが印象的でした。

次回に続きます。

東北視察 その3」への2件のフィードバック

  1. この防災庁舎の写真をパソコンの机において、毎日眺めています。放送しながら亡くなられた遠藤美希さんは、哀れでなりません。24才。秋に結婚の予定でした。悲惨です。

    • 平岡さんへ  コメントありがとうございます。
      お気の毒としか言いようがありませんね。彼女の声が聞こえなくなってから、同じく男性職員が避難を呼びかけていたそうですが、その職員の遺体はまだ発見されていないそうです。

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