6月議会が終わりました

6月議会が、6月22日開会、24日に閉会しました。今回は、改選後初めての定例議会ということもあり傍聴席は満席になりました。私が議員になってから傍聴席が満席になったのは、「西の浜問題」でもめていた時と、今回で2回目です。新町長が誕生したばかりだから、みなさん関心が高かったようです。また、新町長の報酬大幅カットに報道の関心も高かったようで、関係者も多かったです。

15日の全員協議会において、6月、9月議会での軽装を提案し、賛同を得ることが出来たので、ネクタイ、上着なしの服装で議会に出発です。

注目されていた教育委員には、峯野高明氏、外礒やよひ氏。副町長には、総務課長をしていた大森博文氏が就任しました。町長の70%報酬カットは、4対3で可決されました。反対議員からは、「世間の常識に反する」「他町との差が大きすぎる」などの反対意見がありましたが、私は、「無名の福井氏が当選できたのは、今回の公約が支持された事が大きい。もしこれを止めるという事では、政治不信が高まり何も出来なくなる。もちろん、公約といえども、町民にとって良くないことであれば反対するが、カット分を町の活性化に使うということだから、町民にとっては良い事だ」「他町は、良いと思えばそうすれば良いし、そう思わなければしなかったら良いだけの話だ」と意見を述べて賛成しました。

一般質問には、新人議員1人を含め4人が、防災対策、職員採用などについて質問しました。私は、原発問題、大型共同作業所のその後について質問しました。以下、質問原稿から紹介します。

2点についてお伺いいたします。最初に福島第1原子力発電所の事故についてであります。

大神前町長時代にTPP問題を取上げさせていただきました。もし、TPP協定が締結されるようなことになれば、本町のような田舎の自治体は壊滅的な打撃を受け、地域経済はさらに疲弊し、一層の過疎化が進み活力のない町になってしまう。どうしても阻止しなければならない。こういう思いで質問させていただきましたが、 今回、原発事故についてお伺いするのも、同じ気持ちでさせていただくものです。牟岐町を人の住めない町にしてはなりません。本町のすぐ近くには原発はありません。しかし、あとからも述べますが、一旦事故が起こりますと、被害は広範囲にひろがりますので、けっして安心出来るものではありません。本町からは一番近いのは伊方原発ということになろうかと思いますが、もし重大事故が起これば、福島の方々のように町民のみなさんが大変な生活を強いられる可能性も十分考えられます。しかし、けっしてそんなことになってはならないのであって、そのためにも私たち一人ひとりが、今、声を上げていかなければならない。町長には、その先頭に立って声を上げていただきたい。そういう思いで質問させていただきます。

3月11日の三陸沖大地震と、それにともなう大津波は福島、宮城、岩手などの沿岸地域に壊滅的な被害をもたらしました。さらに、追い討ちをかけたのが福島第1原発の事故であります。3月12日には1号機、14日には3号機、15日には4号機の建屋が水素爆発により吹き飛び、放射性物質が大量に放出されました。また、放射性物質を含む冷却水の海への流出もあり、今後海洋汚染の広がりも心配されます。事故から3ヶ月が過ぎ、現場においては懸命の復旧作業が続けられているところですが、いまだに事態収拾の目途は立っていないと言う状況であります。

 原発事故による避難者は、11万3000人と言われていますが、避難をされている住民のみなさん方は、大事な家畜や農地、職場、住宅、ペットなど、ありとあらゆるものを放置し、何時帰れるとの見通しもないまま仕事や生活、健康、教育などなど、将来に不安を抱えながらの避難生活を余儀なくされております。また、放射性物質による汚染が福島県のみならず、岩手、宮城、茨城、群馬、栃木、埼玉、千葉、東京、静岡など広範囲で確認されており、健康被害の心配はもちろん農畜産物、水産物の出荷停止、風評被害などによる経済的被害は甚大であります。

 私たちは、常日頃、電力、あるいは発電方法など、余り深く考えることもなく生活してまいりました。アナログ放送が終わるといえばテレビを買い換える。風呂に入りたいと思えばスイッチ一つ入れれば風呂が沸く。暑いといえばエアコンのスイッチを入れる。多くの方はこんなことを普通のこととして生活されてきたと思います。しかし今回の事故で、日々の生活のあり方、原子力発電の危険性について改めて考えさせられた方も多いのではないでしょうか。

 現在我が国では、点検中のものも含めますと54基の原発が存在し、それ以外に建設中が3基、計画中のものが11基あり、日本の総発電量に占める原子力発電の割合は、約25%だといわれております。1960年代には商業用の原発の稼動が始まりましたが、1970年代の石油ショックを契機に、低コスト、クリーンエネルギーを合言葉に原発の増設が進められてまいりました。しかし、本来、原子力による発電は、他の発電方法とは比べようがないほど危険性をともなう発電方法でありますし、しかも、わが国は、世界有数の地震・津波国であります。一旦事故が起これば手がつけられなくなるのが原子力発電であります。この間、原子力、地震、津波の研究者からは原発の危険性が度々指摘されてきましたし、同じく国会でもその危険性が取上げられてきました。しかし、歴代政権、電力会社は、これらの指摘に対して真摯に耳を傾けることなく、「何重にも防護策を講じてあり、事故は起こりえない」と、警告を無視し、原子力発電を推進してきたのであります。今回の震災の中で、想定外という言葉が良く使われました。しかし、今回の原発事故を想定外という言葉で片付けて良いのでしょうか。今回の事故を振り返って見ますと、3月11日、午後2時46分、三陸沖を震源とする、マグネチュード9,0、最大震度7,0の巨大地震により、送電線のショート、変電所の機械の故障、鉄塔が倒れたことなどにより、原発の外部電源が絶たれました。そして予備電源であるディーゼル発電機が回り始めましたが、しかしそれも、地震から50分後に押し寄せた津波による浸水で故障。そんな事は起こりえないとされていた全電源喪失という事態になってしまった訳であります。

稼働中の3基の原発は自動的に緊急停止しましたが、電源の確保が出来ず、原子炉や使用済み燃料を冷やす冷却水を循環させることが出来なくなりメルトダウン、メルトスルー、水素爆発、放射性物質大量放出という事態につながって行った訳であります。

6月20日、午前0時50分からのテレビ番組NNNドキュメント11の中で、今回の原発事故が何故起こったのかという内容の報道がされておりました。見られたかもしれませんが驚かされることばかりでありました。この番組の中で、原子力安全委員会の耐震安全評価特別委員長の入倉京大名誉教授は、今回の事故の大きな原因になった鉄塔の倒壊について、「鉄塔は、一般構造物であり耐震審査の対象にはなっていなかった」と発言しております。また、原子力安全・保安院の寺坂院長は、国会で、鉄塔の倒壊は深刻な事態につながるのではないかの質問に対し、「多重防備の設計をしており、最悪の事態はありえない」と答弁しております。また、原子力安全委員会の委員長である斑目氏は、安全設計審査指針のなかに、全電源喪失という事態は考慮しなくても良いという項目があることさえ「知らなかった、読み飛ばしていた」と、驚くべき発言をしています。

これらのことを考え合わせてみれば、今回の事故の根本原因は、原発を規制するはずの原子力安全・保安院が原発を推進する立場にある経済産業省の中にあるなど、体制上の問題もありますが、何と言っても政府、電力会社の「安全性の過信」にあったということは明らかであります。

そこでお伺いいたします。別に犯人探しをするつもりはありませんが、今回の事故を「想定外」の事故で片付けてしまうようなことがあれば、今後、新たな地震津波により他の原発でも事故の可能性がある中、牟岐町の住民のみなさんも含め、国民の命と暮らしを守ることが到底出来ないとの思いから質問させて頂くのですが、今回の原発事故、私は、明らかに人災だったと思いますが、町長は、どのような認識でおられるかまず最初にお伺いいたします。

次に、今回のような悲惨な事故を二度と起こさせないためにも、本町としても、「脱原発」の声をあげるべきではないかと言うことであります。もう40数年前になりますが、旧海南町淺川の網代崎に原発誘致の話が持ち上がったことがありました。一部誘致運動をされた方もおいでましたが、漁師のみなさん方を中心に大きな反対運動がおこり、網代崎への誘致を断念させた経過があります。東南海、南海地震津波が予想されるなか、網代崎に原発が建設されていなくて、本当に良かったと思います。その当時運動をされた方々にお礼を申し上げたい気持ちでいっぱいであります。ただ、その後、愛媛県の伊方に原発が建設されてしまいました。少し遠くなったとは言え、原発のすぐ近くには中央構造線という日本では最大の活断層が存在しますし、1、2号機の老朽化、3号機による、より危険なプルサーマル発電などがあり、距離があるから安心だということにならない訳であります。

5月27日、午後7時30分放送NHK 四国羅針盤「伊方原発は安全か」の放送の中で、伊方原発の耐震性が話題になり、四国電力原子力本部 副本部長の柿木氏は、断層54キロメートルの変動を予想し、最大570ガルの揺れを想定しているとしましたが、断層の研究者である高知大学の岡村まこと教授は、四国電力の想定をはるかに上回る200キロメートル以上の断層の変動を予想し、揺れも最低でも1000ガルを想定しているとのことでした。NHKの記者が、「今度の原発事故の最大の教訓は、想定外のことを想定することだ」と発言していましたが、四国電力側は、安全性を強調するばかりで、番組を見た方は、おそらく四国電力の姿勢に不安を感じられた方が多いのではないかと思います。

とにかく、原発は一旦事故を起こし、放射性物質が放出されれば、人類は、ただただ、それを避けるしかないというのが現実であります。これが現代科学の到達点であります。

また、原子炉を停止して廃炉にしようとしても、廃炉までに数十年かかると言われております。その間も、事故のないように管理し続けなければならないのが原発です。さらに、トイレなきマンションなどと言う言い方がされますが、使用済み燃料が増え続けているのにいまだに最終処分場の位置も決まっていないという状況もあります。

今のままのエネルギー政策を続けて良い訳がありません。一度に原発を止めるというのは現実には無理としても、一定の原発からの撤退目標期限を決め、消費生活の見直しとともに、再生可能エネルギーに転換していくべきだと思います。町長には、脱原発、エネルギー政策の転換をあらゆる場で主張していただきたいと思いますが、その考えがあるかどうかお伺いいたします。

 次に、本町でも自然エネルギーの利用促進をする考えはないかという質問です。じつは、お隣の美波町では、平成18年に、美波町地域づくり推進条例をつくり住民のみなさんの創意と工夫を引き出す努力がされています。そして、環境対策支援事業として、団体・個人が太陽光発電システムを導入する場合、国の補助金と合わせて、町独自の補助金を出し自然エネルギーの利用促進を図っています。

現在、国会では、太陽光や風力、地熱など自然エネルギーで発電された電気を電力会社が固定価格で買い取る制度を創設する「再生エネルギー特別措置法」が上程されております。国会の混乱で、成立がどうなるか不透明ですが、もし成立し、中身を充実させることが出来れば、今までのように、「補助がもらえるから設置しようか」と言うことから、「利益が出るから設置しよう」と言うことになり、町の活性化にもつながると考えます。検討すべきと考えますが、どうお考えかお伺いをして次の質問に移ります。

 

大型共同作業所のその後についてであります。

この件については4度目の質問でございます。海部老人ホームと更新住宅の間にあるのが大型共同作業所であります。海部郡6町が国庫補助事業で昭和57年から58年にかけて建設した建物ですが、同和対策事業の一環、地域住民の就労の場として使用されてまいりました。当初は、海部総合繊維の代表者の個人との使用貸借契約により無償で貸与され操業されておりましたが、数年で操業を中止。その後、叶繊維の名で操業を再開しましたが、程無く叶繊維も操業を中止。そのまま建物は放置されてきましたが、5年ほど前から外国人研修生を寝泊りさせながらの操業が再開されました。

平成20年3月議会において、担当課長から使用契約について、「当初の使用契約は、昭和58年1月から昭和63年3月までということになっていたが、双方からの申し出がなければ自動的に1年ごとに延長される内容であった。平成11年に契約の見直しをし、先の契約は一旦終了し、平成20年3月末までの使用貸借期限とするとの双方の合意があったが、書面での契約になっておらず、今後は一定の期限を決め、再度契約を締結する方向で協議している」との答弁がありました。その後6月議会で、町長から「諸般の事情を考慮し、平成20年4月1日から3年間の契約を結んだ」との報告がありました。今年の3月31日がその3年間の契約が終了する日でありました。

3月議会で、町長からは、「目的から考えて本来あるべき姿ではなく、牟岐バイパスの予定路線にもなっており、早急に明け渡しを求めたい」答弁しております。

そして今日、6月24日であります。依然として操業が続けられているようであります。

3月議会から今日までの経過の報告を求め、以上で質問を終わります。

意見書を提案し、全会一致で採択されました 

福島原発事故の教訓を活かし、エネルギー政策の転換を求める意見書(案)

 3月11日に発生した三陸沖大地震とそれにともなう巨大津波は、東北地方を中心に数多くの尊い命を奪い、沿岸地域に壊滅的な被害をもたらした。原発事故については、現在、懸命の復旧作業が続けられているが、いまだに事態収拾の目途が立っていない。

原発事故から約3ヶ月、放射性物質の放出により避難区域に指定された住民の方々は、住み慣れた家や職場を追われ、いまだに帰れる見通しもないまま様々な不安を抱えながらの避難生活を強いられている。また、放射性物質による汚染が広範囲で確認されており、健康被害の心配はもちろん、農水産物の出荷停止、風評被害などによる経済的打撃も甚大である。今後の事態の進展によっては、さらなる被害の拡大も十分考えられる。

石油ショック以降、わが国は、原子力発電の「絶対の安全性」を前提に原子力発電を「国策」として推進してきた。しかし、今回の原発事故により、「安全神話」は完全に崩れ去り、歴代政権・電力会社の「安全性の過信」に事故の根本原因があったということが誰の目にも明らかになった。

本来、原子力による発電は、他の発電方法とは比べようがないほどの危険性を持つものであり、しかも、わが国は、世界有数の地震大国である。また、使用済み核燃料の貯蔵量が増え続けているにもかかわらず、いまだに最終処分の場所さえ決まっていない状況である。

このようななかで、いままで通りのエネルギー政策を続けることは到底認めることが出来ない。よって、今後このような事故が二度と起こらないよう本議会は、政府に対し下記の事項について強く要望する。

                             記

 1、        再生可能エネルギーの推進を政策の中心に据えること。

2、        原発の新増設の停止。既設、老朽化したものは段階的に廃炉とすること。

3、        地震、津波対策について改めて点検するとともに、抜本的な対策を講じ、

     国民の安全・ 安心の確保に努めること。

以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

平成23年  6月 22日

                         徳島県海部郡牟岐町議会

提出先

内閣総理大臣  経済産業大臣 文部科学大臣 衆議院議長  参議院議長

 

なお、大型共同作業所についての質問、「海部郡6町が」の部分は、前町長の答弁を引用したものですが、間違いのようなので「4町が」に訂正しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あじさい祭りのお手伝いをしてきました

あいにくの雨でしたが、たくさんのお客さんに来ていただきました。先客500名様に新茶と草もちのサービスのお知らせをさせていただいていたので、開会前より長い行列が出来ました。

忙しそうだったので、2時間ほど草もち配布のお手伝いをさせていただきました。2個ずつビニール袋に入れてあります。

                               

        

 

足らなくなるといけないので200個ほど余分用意したそうです

 

 

 

昼頃までに、700個がなくなりました

 

 

 

「おもち、もらっていない方はどうぞ~」って大声で叫んでいたら声が嗄れちゃいました

今年は、何故か何時もよりたくさんの方がおい出てくださいました。天気の悪かったのが良かったのかな。

6月19日(日)は内妻あじさい祭りです

今年で23回目の内妻あじさい祭りです。町職員、ボランティアのみなさんなどのご協力で準備万端です。入梅が早かったせいか、葉っぱも瑞々しく例年になく綺麗な花が咲いています。

当日は、10:00~14:00(雨天決行) 先着500名様に新茶と草もちのサービス。小学生以下はお菓子のつかみ取り(先着100名様)があります。また、焼き鳥、焼きソバ、揚げタコなどの店も出ます。

ご家族、お友達とお喋りしながら2キロのあじさいロードを歩いてみませんか。

   

           

 あじさいロードを少し歩いていただくと松坂隧道があります。  現場でコンクリートを練り、打設したトンネルの中では日本最古のものだそうです。          

フェイジョアの花が咲きました

トロピカルフルーツである「フェイジョア」の花が咲きました。3年前、庭に植える所が無くなり裏山に植えたものですが、昨年が一個、今年は20個の花が咲きました。昨年は、実を付けませんでしたが、今年こそと期待しています。

可愛い花でしょう

今年こそ実をつけて欲しいな

 

 

 

実がつくと冬には落果。追熟させて食べるとパイナップルのような香りと味がするそうです

異なる品種を一緒に植えておくと多くの実を付けるらしいので、「トライアンフ」「ジェミン」という品種を植えています

2011年国民平和行進に参加しました

12日、県境近くで高知県からの行進を引き継ぎ、旧宍喰町を行進しました。

高知からの行進団が到着  

道を挟んで引継ぎ式が 

高知原水協、徳島県実行委員会、各団体からの挨拶が                                                                                                                     

昨年に続き、今年もNちゃんが核兵器廃絶の想いを語ってくれました。

 

ほぼ、毎年参加していますが、 今年は若者の参加が多かったような気がします。頼もしい限りです。

写真は私で、若者ではありません。気が若いだけです。

 

 

旧宍喰町を行進

 

行進は、26日の香川への引継ぎまで県内自治体を訪問しながら続けられます。年に一度のことだけど、核兵器全面禁止、核戦争阻止、被爆者援護の想いが、県民のみなさんに少しでも伝われば良いな。

地球上のすべての生物を何度も死滅させられるだけの核兵器を保有し、しかも核兵器で他国を脅迫する。なさけないですね。多少の口喧嘩ぐらいはしても、今回の震災のように、困ったときにはお互い励ましあい、助け合うような世界でありたいですよね。

ビワ 今年も豊作です

昨年は豊作。今年は裏年なので、あまり期待していなかったのですが、思い切った整枝が良かったのか、今年も豊作になりました。

品種は分からないけど、大粒で美味しい

 

 バーさんが、療養中の隣のバーさんにあげてこようって言ってました。

 

広告の紙で袋かけをしていました。これをしないと人間の口には入りません。

袋かけしないと、このとおり

ヒヨドリだけではなく、お猿さんも狙っている筈です

行政常任委員会で視察をしました

私が議員になった頃には、総務、文教厚生、産業土木の常任委員会があったが、議員削減が続き、現在、行政常任委員会のみになっている。

今日は、改選後初めての委員会ということでもあり、総務課、税務会計課、住民福祉課などの課長から、課の業務説明を受けた後、統合小学校建設予定地、海部消防組合、海部衛生処理事務組合などの視察を行った。

 

海部消防組合では、救急車の出動件数、搬送人員等の説明を受けた

海部病院が救急患者の受け入れをしない日は、日赤病院まで搬送しなければならないので時間がかかり、後の体制も整えなければならないので大変だとか

 

海部老人ホーム

ほとんどが二人部屋 カーテンで部屋を二つに分けているが、トラブルになることも

希望を聞きながら、一年に一度は部屋がえをするそうだ

 

海部衛生処理事務組合

人口減の影響か、毎年のようにし尿処理量、ゴミ搬入量は減っているそうだ

焼却場が老朽化し、建替えが議論されているとか

 

大山1号線

残り200メートルの工事が終了すれば、後は、舗装工事のみ

久々の委員会視察だったが、幾つかの課題を見つけることが出来、有意義な視察だった。

6月議会が、22日に開会する。