「民報むぎ」を配布しています

「民報むぎ 89号」が出来上がり配布をはじめています。なるべく字を少なく簡潔にし、読みやすくするよう努めましたが、結果的には、字がぎっしり詰まった中身になってしまいました。伝えたいことがいっぱいあるからね。あんまり溜めないよう、ちょこちょこ発行していればこんなことにはならないんだけど、なかなか労力と時間ががかかって大変なんです。そんな言い訳をしても仕方がないか。とにかく多くの人に読んでもらいたい中身になっています。冷や汗が出る人もいるだろうけど・・・

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ネット情報が役立ちました

 町内に住むMさんの肉親が、今回の震災で行方不明になり、元気を失くしているということを聞き、さっそく事情を聴きに伺った。聞けば、石巻市に住む弟さんとの連絡がとれない状況になっているとの事でした。Mさんとは、しばらく会っていなかったが、心労のせいか、少しやせている感じがした。さっそく、名前、住所、年齢などを聞き、町の担当者を通じ県の方に連絡をとってもらった。現場は混乱していて、すぐには結果は出ないだろうが、少しずつは復興も進んでいるだろうから、もしかしたら何らかの情報があるかもしれない。

他に、何か情報がないかネットで調べてみようと何気なく日本共産党中央委員会のホームページを開いてみた。良く目立つ所に東日本大震災の情報ページという所があり、そこをクリックすると「人探し用伝言版」という欄があった。試しに、Mさんから聞いた弟さんの名前を入力してみた。ところがである。なんとMさんの弟さんの情報が入力されていたのである。残念ながら、無事という内容ではないが、弟さんの隣に住んでいる方からの入力で、その方本人のお母さんは、死体安置所で発見したが、弟さんの安否は不明で、無事を祈っていますとの内容だった。良い内容だったら良かったのにと思いながら、Mさんには、そのまま伝えてきた。

コンメ、サクランボ、ビワが豊作の予感

我家の庭に植えてあるコンメ、サクランボ、ビワ。今年は、豊作になるかも。コンメ、サクランボは、花が一杯咲き、すでに少し実が大きくなり始めています。ビワは、昨年思い切って整枝したせいか、樹全体としては小ぶりになったけど、たくさんの実を付けています。少し摘果しないといけないかな。

牟岐で、またまた火事が

美波町から帰ってきた10時20分頃だろうか、火事を知らせるサイレンが。え~ また火事?  防災無線からは「喜来コミュニティーセンター付近で山火事が・・・」と放送される。あわてて服を着替え、軽トラに飛び乗り、突っ走る。途中で、消火に使えるかもしれないと椿の枝をいただく。

やっと現場付近に到着したが、煙が見えない。あれ~ もう消えたんやろか、現場は何処だろうなどと思いながら、消防車について行ったが、ぼつぼつ帰っている人がいる。聞いてみたら、もう消えたとの事だった。やれやれ、風が強いから山にでも燃え移ったら大変なことになるところだった。

どうやら、今回も田んぼの畦焼きをしていたらしい。火が大きくなって、あわてて消防に電話をしたのかもしれない。火事といったら良いのかどうかは分からないけれど、とにかく大事にならなくて良かった。

18日、牟岐小学校の卒業式に出席しました

何時ものように、少し大きめのハンカチを用意して出席しました。この頃、どうも涙もろくなって、子どもたちが眼を真っ赤にして泣いているのを見ると、こちらも我慢できなくなってしまうので、ハンカチは絶対忘れられないんです。

 今年度の卒業生は26名。それにしても少なくなったものです。多かった頃に比べれば10分の1位に減っていると思います。

校長先生の式辞 「感謝と反省には、卒業は無い」「自分と周りの人を大事にし、夢をもって頑張ってください」   良い言葉ですね。すばらしい言葉を卒業生に送っていただき、感謝したいです。

在校生は、卒業生に対する感謝の気持ちをみんなで。卒業生は、6年間の思い出と決意、先生とお父さん、お母さんに感謝の言葉が。

毎年のことだけど、卒業式に出席させていただき、元気な子どもたちを見ていると、心が洗われるような気がします。60歳のオッサンだけど、すがすがしく、若返った気分になりました。子どもたちに感謝です。

初孫の写真が送られてきました

埼玉の次男から、初孫の写真が送られてきた。昨年の6月に生まれたから、今月で9ヶ月になった。ハイハイができるようになって、後退と回転ができるようになったが、まだ前進はできないようだ。お座りはできるし、小さい物もつまめるようになってきて、何でも口に入れるのだそうだ。

ずいぶん大きくなってきたけど、少々気になるのが団子鼻。藤元家の遺伝子が影響してしまったようだ。ゴメンね、なっちゃん。

連日、東日本大震災関連の 報道を見ているせいか、この頃、津波の惨状が夢にでてくるようになった。宮城の親戚とは依然として連絡が取れない。近くだったら、お手伝いできることもあるだろうけど、少々の募金ぐらいしかすることができない。たくさんの方が亡くなり、たくさんの方が、今現在も大変な生活を強いられているというのに、何のお手伝いもできなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

そんなことで、気分が滅入っていたが、なっちゃんの写真で少々気分転換ができた。この夏には、初めてのご対面ということになる。

いや~ 大変なことになりました

昨日は、会議があり徳島市に出かけていたが、藍住町に住む長男から珍しく電話があり、牟岐町に避難指示が出ていることを初めて知った。あわてて牟岐に帰り、港付近を観にいったが、別に変わった様子は見られなかった。後から聞いた話だが、一時は、避難所に避難していた人がいたそうだったし、娘が勤める会社も、早めに仕事を終えたそうだ。港付近の知人に電話して聞いてみたら、一時は、津波を避けるため船を沖に出していたとのことだった。とにかく大きな被害がなくて良かった。

気になって、宮城の親戚、岩手の友人に電話した。どちらも、電話が通じない。埼玉の次男のことも気になり、電話した。1回目は通じず、2回目にやっと通じた。帰宅中だが、渋滞で車が動かず、まだ車の中に居るということだった。

今朝、岩手の友人にやっと電話がつながった。彼は、内陸部のほうなので被害は少ないが、海岸部は大変なことになっているようだと話していた。と言うのも、停電が続いており、携帯ラジオでしか情報が入ってこない状況だから、詳しいことは分からないのだそうだ。断水も続いているようだ。宮城の親戚は、まだつながらない。

気になるのが福島の原発だ。放射能漏れで避難範囲を広げたようだ。大きな被害にならなければ良いけど・・・・

内妻川を観に行ってきた。海は静かだし、操業している漁船もあり、何時もの風景のようだが、やはり津波の兆候は少々あるようだ。 普段と潮の流れが違う。