臨時議会がありました

 

 

議案は、先決処分した事項の承認、市長村総合事務組合規約の変更、工事請負契約の締結などでしたが、議員のみなさんにとっては、それ以外に大きな関心事があったようでした。

議長、副議長の改選です。悪しき慣習で他の議会でも多いと思いますが、牟岐町議会でも任期なかばにして議長、副議長が辞任し、再度選出するのです。

体調が悪いとか、特別の理由があれば辞任と言うこともありえますが、そうではないのに途中で一旦議長、副議長を辞任し、再度、同じ議員が議長、副議長に就任することがあるのです。こんな「変」なことが申し合わせ?として行われているのです。

当然、そのための水面下での動きがあるわけです。

ちなみに、地方自治法第103条2項には、「議長及び副議長の任期は、議員の任期による」となっており、普通に読めば、任期は4年間とするのが法令の趣旨です。

何故このような事になってきたのか??? 名誉欲から議長、副議長になりたい議員が多かったのか それとも、利権が絡んでくるのか 私には理解できませんが、いずれにしてもこのような悪しき慣習は、町民のみなさんからは理解できないことだと思います。「議会はなにしよんな~ 他にすることがあるやろ」って言われて当然です。

この件については、以前にも取上げたことがありましたが、今回、改めて問題にしました。

議長の辞任を議題にすること(この場合は副議長が議長)に対しては、法の趣旨から言って問題があるし、議長の辞職願の撤回を求めるとともに、この際、悪しき慣習は止めようと主張しました。

採決の結果が驚きです 今までなかったことですが賛成4、反対4でした。賛否同数の場合は、議長が採決に加わりますので、結局、賛成多数で議長の辞任が決まり、その後、投票が行われました。その結果、先ほど辞任した議長が、投票数10、有効票6、無効票4で再度議長に選出されました。私は、こんな議長選はやるべきではないとの立場から白票を投じました。他にも同じ考えの議員がいらっしゃったようです。

次に、先ほど議長をしていた副議長の辞任について(この場合は新議長が)の採決が行われました。採決に先立ち、同趣旨の主張をしましたが、採決の結果がまたまた驚きです 賛成3、反対5で副議長の辞任を認めないにことに決しました。

時々、こんな慣習があるがために、議長や副議長選出を巡って辞める、辞めないで揉める議会がマスコミで報道されています。

議会の仕事は、行政をしっかりチエックすることです。いい加減、こんな悪しき慣習は止めにしましょうよ

海南図書館、日和佐図書・資料館で原爆展が開かれています

 

海南図書館  5月9日~15日まで展示

 

日和佐図書・資料館 5月9日~15日まで展示

 

日和佐資料館には、昔懐かしい暮らしの風景、農具などが展示されています。原爆展とともに一度ご覧になったらどうでしょうか。

 

牟岐町では、5月1日~8日まで、海の総合センターロビーで原爆展が開かれましたが、ご覧になった方から感想文が寄せられましたので紹介させていただきます。

、写真展を開催することにより、日本も原爆を持つべきだという一部の意見をおさえるよ      うになればと思います。  70代 男性          

、いろんな場所でこうした写真など見せて頂けたらいいなと思います。 60代 女性

、広島、長崎のそれぞれの地で、写真ばかりでなく実物(被害、その他の)をみていたので、あまり印象に残らない。「被害者の語り」など、その後の様子を知る資料をもっと知りたい(みたい)と思う。  60代 男性

、戦争のない平和な世界であればよいのに・・語りついで行く必要がありますね。50代 女性

、戦争は反対です。9条は守るべきです。 年代 性別 記入なし

、4月5日に米国大統領オバマ氏が、歴史上初めて大統領として原爆投下の非を認める発言をしました。これに対して日本の各政党はどう反応したのか、また、メディアはどうであったか、パネルにして追加展示してもらいたい。ちなみに4月6日、春の新聞習慣初日の各紙は、北朝鮮のミサイル発射を大活字、大見出しで伝えました。オバマ氏の件は、それに比べて小さ過ぎたように思います。 70代 男性

、核の恐ろしさを再認識した  70代 男性

サクランボが美味しかったです

 

 

 毎年、今頃にサクランボが熟します。昨年、たくさん実をつけすぎたのか、今年はやや少なかったようです。ただ、味は最高にオイチカッタです。

よく知っているもので、油断するとあっという間にヒヨ鳥に食われてしまいます。

品種は暖地です。暖かいところに向いている品種だそうです。

 

 

わらび                タラの芽

毎年、時期が来れば、わらびやタラの芽が採れますし、サクランボも熟します。ただ、少しずつ変化がみられます。

温暖化の影響でしょうか、2月中~下旬に採りに行っていた「海のり」は、水温が下がらず、全然大きくなっていませんでした。わらび、タラの芽も、例年より一週間ほど早く採れました。

チビと子チビが仲良くなりました

 

 

子チビが、わが家に来て10日ほどになりましたが、先輩犬と子チビが仲良くなりました。最初は、吠えられて近寄らなかったけど、少しずつ慣れて来たようです。

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チビと子チビがじゃれ合っています。

新しい飼い主を募集中ですが、いまだに問い合わせもありません。

24日付では、メスと書きましたが、よく見るとオスでした。あとから生えて来たんやろか?ポスターにもメスと書いてあったので、あわててオスと書き直してきました。

日が経つにつれて可愛くなってきています。

原爆写真展が開かれています

 

 

牟岐町海の総合センターロビーで原爆写真展(5月1日~8日)が開かれています。

4月30日、徳島県原水協事務局長 神野美昭氏夫妻 が準備に来てくれました。

5月8日からは、美波町図書館(日和佐)、海陽町図書館(海南)でも展示会が予定されています。

 

神野氏には、事務局長として頑張っていただいていますが、今回、県ダンススポーツ連盟会長にも就任されたそうです。

大病を患い、リハビリとして始めたダンスですが、音楽に合わせて身体を動かすことにより、脳への刺激にもなり、健康づくりには大変良いとの事でした。

徳島新聞の「読者の手紙」に平和問題などについてよく投稿されています。

 

 

広島、長崎の原爆投下のことがマスコミで報道される時期になると、父のことを思い出します。

父は、少年兵として九州(何処か分からない)の空軍基地で戦闘機の修理に携わっていましたが、8月15日の終戦の日、徳島に帰ってくる途中、焼け野原になった広島を目撃しました。

汽車は走っておらず、鉄道を歩いてきたのですが、真っ黒焦げの遺体が貨車に山積みされていたそうです。

そのときのショックが大きかったのか、父は、よくその話を私にしてくれました。

そんな父が、20年ほど前に白血病で60歳の若さで亡くなりました。

広島への原爆投下が8月6日だから、父は、9日目に広島に入ったことになります。おそらく、大量の放射線を浴びたことでしょう。

確かなことは分からないけれど、あのとき浴びた放射線が、父が亡くなった原因になったのではないかなどと、ついつい考えてしまいます。

生きていれば83歳。可愛がっていた孫の成長を見ることが出来たし、好きな釣りももっと出来たのにと思ってしまうのです。